この記事は、朝井リョウさんの小説『スター』のあらすじ・感想をまとめたものです。
「感想」ということで、この記事を書いている私の個人的な考えや思考も取り入れた、ゆるい記事になると思います。
さて、朝井リョウさん、私は大好きな作家さんの一人。
とくにエッセイが好きで、「ゆとり三部作」は、たまに読みなおしてはクスッと笑わせてもらっています。
一方、小説では「イマ」の時代の若者を取り巻く出来事や心情を描くのが上手だなと感じているのですが、本作『スター』でも、そんな朝井さんの魅力を存分に味わえました!
この記事が、少しでもどなたかの本選びの参考になればうれしいです。
『スター』概要
◆タイトル
スター
◆著者
朝井リョウ
◆出版社
朝日新聞出版
◆発売日(単行本)
2020年10月7日
『スター』のあらすじ(前半)をざっくりと
本作のメインの登場人物は、二人の若き男性、「尚吾」と「紘」。
二人は大学の映画サークル仲間で、在学中に共同製作をした映画作品が「新人の登竜門」といわれる映画祭でグランプリを受賞。
「どっちが先に有名監督になるか、勝負だな」と言い合って卒業するのですが、その後、二人が進む方向はまったく違うものになります。
尚吾が選んだ道は、映画界の名監督への弟子入り。
一方の紘は、ふとした出会いからYouTubeの動画編集者へ。
そこからは、それぞれが迷い・悩み・憤りなど、複雑な感情を抱えながら過ごしていく時間が描かれます。
二人が身を置く場所は、まさに両極端といっても過言ではありません。
尚吾がいるのは、伝統や慣習が重んじられ、序列もハッキリしている世界。
下働きから徐々に経験を積み、ほんの少しずつ認めてもらわなくてはならない。そんな地道な努力が求められる世界。
しかし、学生時代から人一倍のこだわりを持って作品づくりをしていた尚吾にとって、一切の妥協なく、細部にこだわり続けるプロフェッショナルが集まるその場は、まさに自分が求めていた環境でした。
尚吾は、心の中にアツいものを感じながら充実感を覚える日々を過ごしますが、あるときひょんなことから、かつての仲間でありライバルともいえる紘が「YouTube」の世界で活躍していることを耳にします。
本格的な作品づくりを日々続ける尚吾にとって、YouTubeのような大量消費のプラットフォームには共感できない点が多々あります。
実際、紘が編集に関わった動画を見ても、粗があり、理解や納得できない部分がたくさんありました。
しかし、紘が関わった動画は有名人に拡散されてバズり、クリエイターとしての紘の名前も世に知られることに。
厳しい修行を続けてきた尚吾は、それまで「本物」を作ること、信じるものをひたすら突き詰めることにこそ価値があると信じていました。
しかし、現実を見れば、自分は紘のように世の中にインパクトを残せておらず、名前のひとつも知られていないちっぽけな存在。
そこで葛藤を感じます。
一方、紘の人生は順風満帆かと思いきや、心の奥底には尚吾が持っているような、とことん細部にまで作品づくりにこだわりたい思いを拭いきれません。
しかし、自身が身を置いているのは、大量生産・大量消費が繰り返されていくYouTubeの世界。
そこで関わる人たちに、紘は「小さなこだわりよりも、スピードや量」を重視した働き方を求められ、「本当にこんなやり方でいいのか…」と、モヤモヤとした思いを抱えていきます。
印象に残ったポイント
物語後半で、尚吾と紘は、お互いに自分の殻を破るような経験をします。
それまでなんとなくやり過ごしていたこと、見て見ぬふりをしていたことに真っすぐぶつかり、ガーンと頭を殴られるような経験です。
そこで二人は「自分の既存の価値観を超える」のですが、そのシーンが非常に印象的で魅力がありました。
なお、その後には、ひと回り大きくなった二人が再び顔を合わせる機会があります。
お互いにまったく別の環境で過ごしてきた尚吾と紘ですが、たどり着いたひとつの結論には、実は共通するところがあるのです。
ほんの少し変わった二人が今後どのように生きていくのか、ハッキリとは示されていなくても前向きなイメージを膨らませることができるラストです。
若者ならではの清々しさや美しい青臭さだけでなく、葛藤や憤りなどの多様な感情が描かれていて引き込まれました。
本作をおすすめしたい人
この作品を最後のほうまで読んでいてハッと思うのは、この物語、主人公たちが大学を卒業後、ほんの1年間の出来事だということ。
長く生きている大人から見ると「そんな短期間で何を得られるのか?」と思うかもしれません。
しかし、自分自身のことを思い出しても、学生から社会人になったばかりの時期は、毎日が一生懸命でした。
社会人としての目に見えないルール、上司や先輩への気遣い、毎日少なからず実感する理不尽…いろんなことに揉まれて過ごしました。きっと、同じような思いをした方は多いはず。
本作は、社会人になって間もない人はもちろん、だいぶオトナになった人にとっても、胸が締め付けられたり、懐かしい気持ちになったりと、響くものがあるんじゃないかなと思います。
映像をはじめ創作活動に携わっている人、YouTubeに興味がある人も、話を理解しやすいと思うのでおすすめです。
まとめ:誰もが「スター」になれる時代ではあるけれど…
この作品では、二人の主人公を通して「芸術性の追求」と「商業的な成功」は、どちらのほうが大きな価値があるのか?といったことも考えさせられます。
この二項対立的な考えは、美術・音楽などの芸術分野に接してきた方であれば、リアルにわかる感覚なんじゃないかなと思います。
いまや下積みをしなくても、SNSやネットを使って誰もが一瞬で有名人(スター)になれる可能性を秘めた時代。
でも、華やかな世界とは違う場所で、今日も地道に下積みを続ける人たちは間違いなくいますよね。
いつか、何年先であっても、花が開く瞬間を信じて。
そのどちらが正しいのか、より優れているのかだなんて、簡単に比べられることではないと思います。
ただし、何かしらの「ものづくり」に携わるのであれば、やはり信念は持っていなくてはなりません。
自分が選んだ場所で、どんな信念をもって生きていくべきなのかー。
そこを見つめなおすきっかけを与えてくれる作品でした。